Scene 

 

 

とある町のとある風景
その4
 

 

 

 


休みだけど、行くとこないんだろう? 故郷を案内するから」と、親友に誘われて、彼が生まれた町にやって来た。

フランス風の建物が並ぶ町並みを、ひとりで散歩する。すれ違う人全てが、知らない人達である。物珍しそうな顔で遠ざかる。かつて、子供の頃読んだ絵本に出て来た、おとぎの国へと入っていくような錯覚に襲われていた。友達との待ち合わせの時間が、刻一刻と迫っている。

待ち合わせのホテルへと急いだ。

「こっちだ」 予約しておいた友人が、手を上げて招く。ボーイさんに案内されて、テーブルに着いた。

用事は、済ませたのかい? 「ああ、何とかね。今、来た所さ。それ程、時間はかからなかった。人に会うだけだったからね」

そう・・・それで、上手く行ったのかい? 「大丈夫さ。心配するなって」 そう・・・それなら良いんだけど・・・

彼は、別れたお母さんに会いに、町を訪れたのである。なんとも、寂しい思いが伝わって来る。お母さんが、近々再婚することになり、お祝いの言葉を言う為に、わざわざ遠い所をやって来たのであった。そのことは、他の親友達から聞いて知っていた。

凄く綺麗な町だね。窓からは、町並みの様子が見渡せる。

「そうだろう。だから、連れて来たかったのさ」来て良かったよ。近くを流れる川には、年代を思わせる水車船が、上流へ向かって動いて行く。古き時代へと、吸い込まれて行きそうな感じである。・・・まるで、タイムスリップだな・・・

彼は黙ったまま、窓越しに見えている風景を眺めている。 お母さんの様子を聞きたかったが、彼の方から言ってくれるのを待った。

「思い出すよ・・・」 彼は、ひとこと言って、又黙った。彼の脳裏には、お母さんと過ごした思い出が巡らしているのだろう。

「食事を済ませたら、ジャズでも聞きに行こうか。友達が、演奏しているお店があるんだ」 友達が・・・それは、良い。行こう。

ふさぎ込んだ寂しげな彼が、急に元の明るさに戻った気がした。

食事が運ばれて来た。ウェイトレスの姿は、昔の王家を思い出させる。赤い服がやけに、目立っていた。

「学生かい?」彼の質問に、そうだと答えたウェイトレスは、料理を置き終えると、彼に微笑んだ。彼は、チップをさり気なく渡した。

「ここの料理も美味しいぞ」 そう・・・じゃあ、頂くとするかな。

 

親友達と入ったお店は、ウェスタン酒場であった。軽やかなメロディーが、お客達を陽気に愉快にしてくれる。「・・・」友達が、何か話し掛けてきたが、聞き取れない。飲み物は、何にするかと、大きな声で聞いてきた。何でもいいよ。「そうか」 皆も、任せるとのことだ。

彼は、近づいて来たウェイトレスに、ウィスキーと軽い食事を注文した。お客達の多くは、テーブルを離れて、ステージの前の踊り場で、相変わらず曲に合わせて手を叩き、陽気に踊ったりしている。まるで、騒ぎのようでもある。

「さあ、飲もうか」 運ばれ来たウィスキーを注ぎ終えて、グラスを上に持ち上げる。「乾杯!」

何に乾杯するんだい?「何でも良いさ。・・・友の健康を、そして、フレンドシップに・・・」

彼は又、「乾杯!」と、音頭を取る。

酒のつまみにと、出された料理は美味かった。

「踊ろう」 酒もまわり、他のお客達の陽気さに押されたのか、友達が立ち上がった。それぞれに、女友達の手を取り踊りだした。

他のお客達と、彼らは一緒になって踊っている。残されたのは、二人だけになっていた。「私達も踊りましょうよ」彼女が手を取って、踊りに誘った。・・・うん・・・「さあ」 うん、分った。彼女に手を引かれて、踊りの輪の中に入った。

彼らの踊りを真似て、何とか踊ることが出来た。踊っていると、結構楽しいものだ。「上手いじゃないの」 彼女が、耳元にキスをする。

顔を赤らめている場合ではない。さあ、陽気に踊るぞ。

 

親友の部屋で話しをしていると、楽器を手に彼の友達三人が入って来た。彼らを紹介されて、挨拶を交わした。見慣れた楽器ではあったが、黙って彼らの会話に聞き入った。音楽の話である。話は、今から持ち寄った楽器で、演奏しようということになっている。

それじゃ、又ね。邪魔をしてはいけないと、部屋を出ようとした。 「おい待てよ。今から演奏するから付き合えよ」

ううっ、うん。良いけど、邪魔にならないかい? 「いや、全然」 ・・・じゃ、聞くだけなら良いか。

「さあ、これ」 渡された楽器は、マラカスである。 えっ、俺が? 「勿論、君が」これ、どうやるの? 「こうやって、リズムを刻む。良いかい? こうだ。解ったね」左右の手にひとつずつ持ち、言われた通りに練習してみた。高音と低音ねえ・・・うむ・・・。

「うん、出来るじゃないの。良いよ、それで」 よし、何とかなりそうだ。やってみるか。

「皆、良いね。じゃ、行くぞ。ワン、ツー」 演奏が始まった。

何の曲だろう。解らないまま、彼に言われた通り、ただひたすらリズムを刻む。生まれて始めて触った楽器を手に、彼らの演奏に参加している。ちゃんと、曲にぴったりと合い、出来ている。済ました顔をして、演奏家のような気分に浸っている自分に、なんだか可笑しくなって来た。

彼らは、目を瞑り曲に酔いしれている。

音楽家とは、どうも良く解らない。何も知らないのに、一緒に演奏しようと言う。楽しいだけで良いのだろうか? 彼らの何かを表現しようとしている場に居る。なんて幸せな男なんだろう。幸せを噛み締めながら、演奏に参加した。

曲は、ムード音楽へと変っていた。

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